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Ferrari!! [Macchina]

みるこん各賞発表、ウィーン・プラハ滞在記、IKESANフィレンツェ来訪、大家族になった庭猫、つがいで登場したハリネズミ…などなど、
書くべきトピックもたくさんあるのですが…。
でもなぜかフェラーリ!


土曜日の午後、街外れのガソリンスタンドに佇む未確認走行物体。


フェラーリ250テスタロッサ!!
Ferrari 250 Testa Rossa(1957-8)

翌日曜日のミーティングのために整備中とのこと。



運転席の彼、携帯電話でオーナーに報告中。
「コンプレッションが不足気味」と話しているのが聞こえました。


テスタロッサ=赤頭=という名前の由来、美しく結晶塗装されたシリンダーヘッド


ポンツーン形※と呼ばれる事もある独特のフェンダー形状


左右フェンダーとラジエーターノーズが、独立した三つのボリューム(=トリマラン形;マルチハル=複数の胴をもつ船型=の一つ)を構成する特徴的なデザイン。

この車には一つの謎が残されています。
それは誰がこの車をデザインしたかということ。


発表時の写真。未塗装のアルミボディ。

かつてのイタリアの高級車やスポーツカーのメーカーは、
エンジンとシャシーのみを作り、カロッツェリア※と呼ばれる工房にボディを外注する分業が一般的でした。
フェラーリも例外ではなく、初期はヴィニャーレ、トゥーリングなど様々なカロッツェリアがボディデザインと制作を受注していましたが、50年代末に、今日まで続くカロッツェリア・ピニンファリーナのほぼ独占体制が確立します。

これは2000年にピニンファリーナが作った「ロッサ」Ross。

360モデナ・スパイダーの車体に架装した一品制作のショーモデルです。
250テスタロッサのモチーフをモダンナイズして引用しています。

スケッチに描き込まれているように、250テスタロッサへのオマージュ。

しかし、にもかかわらず、ピニンファリーナの社史でも250テスタロッサを「自社デザイン」とは謳っていないのです。
250テスタロッサは翌1959年にはピニンファリーナ製ボディに換装されます。

Ferrari 250 Testa Rossa(1959)
やや保守的で平凡。

同じような例外はもう一つあります。62年型250GTOです。

250GTOのデザインの来歴については、実は謎ではありません。
この名車は、59-61年の250GTSwb(デザイン;ピニンファリーナ)の発展型として、当時のフェラーリレース部門の主任技師だったジョット・ビッザリーニ Giotto Bizzarriniが描いたスケッチを元に、アルミボディのスペシャリスト=カロッツェリア・スカリエッティSergio Scagliettiの板金職人が即興的に作り上げた車だからです。

ピニンファリーナデザインの250GTSwb(58年に少数生産された初期型)

250GT Berlinetta Passo Corto(Swb)1958

その直後、ビッザリーニは御大エンツォ・フェラーリの気まぐれな逆鱗に触れて退社、創立されたばかりのランボルギーニに参加します。
彼が去った64年型250GTOには再びピニンファリーナデザインのボディが与えられます。
Matsuda Collection Ferrari Mueumの250GTO64

これはこれでとても魅力的。
写真は同ミュージアムのWebサイトから
©Matsuda Collection
http://www.ferrari-museum.co.jp/

250テスタロッサに話を戻します。
この特徴的な「トリマラン型」デザインはどのように生まれたのでしょう。

トリマラン型で思い浮かぶのは第2次世界大戦に参戦したこの戦闘機。

ロッキード P-38 ライトニング

山本五十六の搭乗機を撃墜したことで知られますが、カーデザイナー達にも大きなインパクトを与えました。
最も有名な例は1948年のキャデラックです。

(デザイン;フランクリン・Q・ハーシェー)
史上初の「テールフィン」はP38の垂直尾翼をモチーフにしたもの

P-38からインスパイアされたもう一つの例。
スチュードベーカー1947年型(デザイン;レイモンド・ローウィ※)

"Studebaker"1947-50
Designed by Raymond Loewy
このイラストは1950年型

弾丸ノーズ(Bullet Nose)の愛称で呼ばれたフロントデザイン。
ビリー・ジョエルBilly Joelが「ハートにファイア」We Didn't Start The Fireで歌っている“Studebaker”です。

そのスチュードベーカーのイタリア的解釈とも言われるピニンファリーナのこの作品。

PF 200(1953年;ランチア B52のシャシー上に架装されたショーモデル)

PF 200(1953; su telaio Lancia B52)

こちらはより現実的にリファインされたヴァージョン

同じモチーフをキャディラックのシャシー上で展開したモデル

Cadillac PF200 Cabriole 1954
少し大きさを持て余しているようにも見えます。

そして同じピニンファリーナボディのレーシングスポーツ、1953年型ランチア D24

Lancia D24

この車のフロントデザインには、250テスタロッサの「トリマラン型」と強い近似性がありそうです。

ではやはり250テスタロッサもピニンファリーナデザインなのか?

しかしピニンファリーナの「トリマラン型」は250テスタロッサとは別の方向を向いていたように思えます。
〈全面投影面積を極限まで減らす〉というレーシングスポーツに求められる実戦的な方向ではなく、スピード感溢れる未来的イメージを活かしつつ、斬新かつエレガントな普遍的な自動車美への洗練です。

ピニンファリーナは、PF200の「トリマラン型」モチーフを、美しいB24スパイダーとして完成させます。

Lancia Aurelia B24 Sport America 1954

1953年型ランチア D24はピニンファリーナの工房で制作されたのは確実ですが、別の設計者の意志がデザインにも大きく影響を与えていたと考えられるのです。
その設計者とはヴィットリオ・ヤーノVittorio Jano※。
トリマラン型のフロントデザインは、空気抵抗を極限まで低減する彼のアイディアではないでしょうか。
ランチア D24には、兄弟車とも言えるグランプリマシーンがあります。
D50です。

こちらも同じヤーノの作品。
この車の特徴は、現代のF1のような「サイド・ポンツーン」です。
当時の一般的なデザインではガソリンタンクはテールに置かれていました。
フロントに配置された重いエンジンとの前後バランスのためですが、燃料が消費されると重量バランスも変わってしまいます。
ヤーノはトランスミッションを後方に配置し、新設したサイド・ポンツーンにガソリンタンクを置くことでこの問題を解決、優れた操縦安定性を実現したのです。
サイド・ポンツーンには、露出した前後の車輪の間の乱気流を整流する、空力的な役目もありました。

ランチアは経営難からレーシング部門をそっくりフェラーリに売却します。
同時にヤーノもフェラーリに移籍。
ランチア・フェラーリD50は熟成され、1956年シーズンにファンジオJuan Manuel Fangioをワールドチャンピオンに導きます。

ヤーノがランチア D24で追及したトリマラン型を、フェラーリで発展させたのが250テスタロッサではないか?というのが今回の仮説です。
もっとも、この仮説には致命的な欠陥があります。
もしヤーノほどの大物がデザインに関与していたとしたら、何かの記録が残っているはずですから…。

※ポンツーンpontoon;pontone(伊):
浮き桟橋などを支える箱形台船。水上機のフロートなどを指しますが、自動車に使われる場合はF1のサイド・ポンツーンのように車体本体から独立したボリュームを呼ぶ場合が多いようです。

※カロッツェリア carrozzeria:
カロッツァcarrozza=馬車、自動車の車体、列車の車両=の製作所という意味で、町の板金屋さんもカロッツェリア。
この場合は特に高級馬車工房から発展した、自動車ボディのデザインから制作までを引き受ける高い技術と卓越したセンスを持つ一群の工房を指します。
その多くはトリノとミラノ周辺に集中していました。ピニンファリーナPininFarina、ヴィニャーレVignale、トゥーリングTouring、ベルトーネBertone、ザガートZagato、ボネスキBoneschi、ボアノFelice Mario Boano、アレマーノAllemano、ギアGiacinto Ghia、OSIなど。
他にフランコ・スカリオーネFranco Scaglione、ピエトロ・フルアPietro Frua、ジョヴァンニ・ミケロッティGiovanni Michelottiなどカロッツェリアから独立したフリーランスのデザイナーも活躍していました。
まさに多士済済。個性豊かな才能が競い合う様は、ルネサンスの時代のフィレンツェを彷彿させます。もしマザッチョやドナテッロやラファエッロがこの時代に生きていたら、壁画や彫刻のかわりに自動車をデザインしていたかも知れません。

イタリアのカロッツェリアの先進的なデザインは、第2次大戦後の早い時期から注目され、内外の自動車メーカーからデザインを依託されます。
イタリア以外のメーカーにデザインを提供した例をあげると…
ピニンファリーナ→BMC/BLMC、プジョー、ナッシュ、GM、日産、ホンダ…
ベルトーネ→BMW、NSU、マツダ、シトローエン、ボルボ…
ミケロッティ→スタンダード/トライアンフ、BMW、アルピーヌ、DAF、プリンス、日野…
ヴィニャーレ→ダイハツ…
ギア→ルノー、VW、クライスラー、いすゞ…
フルア→ルノー、ボルボ、ロールスロイス…
ツーリング→サンビーム、アストン・マーティン…
…など。一部はボディ制作も引き受けていました。
60〜70年代にかけて、イタリアンデザインの影響を受けなかったメーカーを見つける方が難しいという状況だったのです。

ボディ自体に強度を持たせたモノコック構造が主流となり、衝突安全性の基準が厳しくなるなどの影響で、多くのカロッツェリアが姿を消していきますが、現在もカロッツェリア出身のデザイナーの活躍は続いています。
ジョルジェット・ジュジャーロGiorgetto Giugiaroの初代ゴルフ、マルチェロ・ガンディーニMarcello Gandiniのルノー・サンクなど、彼らのドローイングボードからは自動車史を彩る名車が誕生し続けています。
http://www.pininfarina.it/
http://www.giugiarodesign.it/
http://www.michelottidesign.it/

※Raymond Loewy(1893-1986):
フランス系アメリカ人。「口紅から機関車まで」デザインした。煙草「ピース」のパッケージデザインでも知られている。シェル石油のロゴマークもローウィ事務所のデザイン(1967)。

※ヴィットリオ・ヤーノVittorio Jano (1891-1965);
天才とも巨匠とも呼ばれる偉大な設計者。第2次大戦前のアルファ・ロメオの黄金期を築く。主な作品はAlfa Romeo P2,P3,6C1750,8C 2300,8C 2900 Lancia D20, D23, D24, D50など。

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【みるこんからのお知らせ】
お待たせしました!
次回はいよいよ、みるこん各賞の発表です!!
ノミネート作品の作者の皆様への〈業務連絡〉もあります。
詳しくは「みるこん賞品です!」
http://blog.so-net.ne.jp/firenze/2007-05-03
をご覧ください。

「トスカーナからミルクの贈りもの」
メイコ イワモト著 集英社刊 定価:1,680円(税込) 好評発売中!


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Plotさん

フィレンツェ滞在中はお世話になり、楽しい思い出を持つことができました。次回は、早速「トスカーナの小さな家(ミルクの贈りものP45)」報告をします。
帰路に、フェラーリ博物館によりましたが、残念ながら、この250はありませんでした。ただし、童心に戻って、スーパーカーを楽しめました。赤い流線型には、どうも心が掴まれます。
by (2007-06-17 19:35) 

Inatimy

フェラーリ250テスタロッサ・・・真正面から見ると、ETみたいですね。
・・・って怒られますね。
よく知らないのでお聞きします。
サイドミラーは、必ず必要なものでは、ないのでしょうか?
by Inatimy (2007-06-17 20:12) 

テスタロッサは憧れの車。一度池袋で見てエンジン音と車のデザインに一目ぼれ。すばらしいの一言。
1950年代は今、見れば、昔風でも。その頃は斬新だったのでしょうね。
by (2007-06-17 22:04) 

りゅう

フェラーリ格好いいですね~ キャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー
時代の影響を受けつつも一貫して『フェラーリ!』って感じの柔らかいライン&個性的な顔をしていますね♪(^_^)
by りゅう (2007-06-17 22:07) 

車のことはサッパリですが、
なめらかなラインが美しいです。
by (2007-06-17 22:10) 

フェラーリ!美しいです。しかも「テスタロッサ」の由来部分まで見られたなんて嬉しいです。
集英社でお仕事をしているご縁で、たまたま「トスカーナからミルクの贈りもの」、を拝読していました!
ミルク製品をたっぷり買いに行っちゃいました。
すると、なんと、著者の方のブログに出会ったので感動しました!
by (2007-06-17 22:28) 

TaekoLovesParis

niceをいくつも押したかったです。デザインの面からとらえた第二次大戦後の車の歴史ですね。見ていると、その時代を思い出します。
フェラーリはやっぱり別格ですよね。かっこいい!吸い寄せられてしまう。
テスタロッサが赤い頭という意味と、初めて知りました。plotさんのとこを読むようになってから、イタリア語の単語をいくつも覚えました。
ピニンファリーナのアルファ、スパイダーが好きでした。スポーティだけどエレガント。粋です。
by TaekoLovesParis (2007-06-17 22:35) 

HIRO

こんにちは。
昔のテスタロッサ...って、故大藪春彦先生の「汚れた英雄」の前半に出て来ますね。
やっぱり凄いなぁ>フェラーリ&イタリアの車造り
by HIRO (2007-06-17 23:12) 

toraneko-tora

フェラーリ・・・・・楽しんでいたら
突然、ロッキードP38・・・・・・とたんに戦争中のいやな記憶が・・・・・・
by toraneko-tora (2007-06-17 23:14) 

真っ赤なフェラーリ。。。Che bella!!
まぁるい、このフォルムが魅力ですね^^。
by (2007-06-17 23:33) 

ツカ

今回はデザイン話満載だ~♪(≧▽≦)ノ
車、かなり詳しいですね~!
勉強になります!
250テスタロッサかっくい~~♪♪
でもピニンファリーナではないんですね?
誰のデザインだろう。
謎だ!
by ツカ (2007-06-18 02:11) 

小野寺榮一

美しですね、ため息しかでません。^^
by 小野寺榮一 (2007-06-18 11:39) 

すばらしいですね〜。読み応えありました。
Testa Rossaみたいなデザインが商品にまでなる国って
ある意味すごいですよね。
日本だったら社長デザインじゃないとできません。
by (2007-06-18 11:44) 

暇なフォトグラファー

貴重なテスタロッサですね~当時の、気筒後との容量で表す車名もなつかしい!!
by 暇なフォトグラファー (2007-06-18 17:42) 

c-d-m

大空と大地には大昔から男の子のロマンが満載って事ですね。
少年になった気分で拝見しました。
by c-d-m (2007-06-18 21:35) 

シェリー

車のことは全く解らないペーパードライバーの私でも
フェラーリは知っています!真っ赤っていうのがいいですね~
でもイタリア&フェラーリで私が最初に思い浮かぶのは・・・やっぱり
プロセッコのFERRARIですかな(笑)
by シェリー (2007-06-18 22:48) 

pace

時々覗かせてもらってたのですが
初めてコメント&ナイス・・・すいません
街中でテスサロッサですか!!!!
そしてローウィまで!!!!!
ランチャD50の時の監督はエンツゥオでしたよね
100個ぐらいnice! を入れたいです!!
by pace (2007-06-20 21:30) 

kotobuki1946

やっぱり250テスタロッサはいいですね。 モダンナイズしたスケッチもいいです。 こんな車がもてたら最高の人生です。
by kotobuki1946 (2007-06-23 19:57) 

sasasa

車にそんなに詳しくない自分でもフェラーリは憧れですね。
ただ、運転できる腕はないですが・・(^_^;)
by sasasa (2007-06-23 20:48) 

Nicoli♪

う~かっちょええです~♪
by Nicoli♪ (2007-06-25 21:17) 

どこから見てもほれぼれです☆
アートだわ~
by (2007-06-26 07:58) 

鈴木浩司

以前フランスのマニクールでF1を観戦した時にフェラーリの8年ぶりの
ワンツーフィニッシュでした。ティフォシも大喜び(^^)
それにもましてサーキットに向かう車の流れはまるでミッレミリアみたいでした。僕と友達はヒッチハイクしたルノーサンクターボで乗り付けたのですが。
それにしてもイタリア車は美しいですね。
東京・・・TOYOTA2000GTも見なくなったな~。。
by 鈴木浩司 (2007-06-26 11:40) 

plot

皆さん、コメントとnice!ありがとうございました。マニアックかつ冗長な記事におつきあい頂いて恐縮です。

Ikesanさん、間抜けなタイミングのお返事になりましたが、ご一緒できて大変楽しかったです。そのうちアムスにも逆襲したく思っております。よろしく!

Inatimy さん、僕はサイドミラー不要論者というか、運転中めったに見ないので答え難いテーマです(^^:。F1にも付いてるくらいだから必要なんでしょうけど。

nekoさんコメントありがとうございます。このテスタロッサは僕にとっても同時代ではないのですが、石油ショック後のシビアに計算された空力デザインよりも、古い時代の空想的な流線型に魅かれます。

りゅうさん、フェラーリは第二次大戦後の比較的歴史の浅いメーカーで、粗い格子グリルという緩い約束事以外、アルファやランチアのような伝統のファミリーフェイスを持っていませんが、その神話的イメージが各時代のデザイナーに作用して、フェラーリのアイディンティティが維持されているのかも知れませんね。

manzoさん、僕は美術に興味を持つずっと前に(というかガキの頃)車の魅力に魅かれていたので、ルネサンスの画家や彫刻家を知る以前に、カロッツェリアの名前や作品に親しんでいました。それらの車のラインの美しさや彫刻的なマッスがルネサンス以来の美意識につながることに気づいたのは最近の事です。

crystalmimi さん、集英社でお仕事をされているのですね!御社には「ミルクの…」以前から、メイコが大変お世話になっていて懇意にさせて頂いている友人もたくさんいます。これからもよろしく。

Taekoさん、アルファ・スパイダー、「デュエット」Duetto osso di seppiaも良いけれど↓
http://blog.so-net.ne.jp/firenze/2006-05-04
その前のジュリアスパイダー↓が好きです
http://blog.so-net.ne.jp/firenze/2006-01-08
ピニンファリーナには「スポーティだけどエレガント。粋」という言葉がピッタリですね。

HIROさん、コメントありがとう!「汚れた英雄」ありましたね。スーパーバイクのDUCATI も快調ですね。イタリア人の車(とバイク)への思い入れは特別。ルネサンスの画家が騎馬像を好んで描いたように、現代の名馬=マシーンへの強い情熱を感じます。

toraneko-toraさん、戦時中を思い出させてごめんなさい。「戦争を知らない」世代の配慮不足でした。知らないと言ってもベトナム戦争のファントムなどには陰惨なイメージを感じますからtoraさんの思いも分かるような気がします。

りんりんさん、赤なんだけどちょっとエンジっぽいと言うか微妙な色合い。つまりハデと言うよりはシック。最近のフェラーリの赤は、比較すると品位が落ちると言うかコマーシャルな感じもします。

ツカさん、ピニンファリーナデザインといっても先々代のバッティスタ・ピニンファリーナ時代以降は、デザイナーの個人名が外部に漏れてくるようになりました。徒弟制の色合いが濃かったイタリアのカロッツェリアもグローバルな企業になったという事でしょうか。それはそれで興味深いのだけどカロッツェリアの個性が際立っていた60年代の面白さは薄れた感じです。

eiichiBOXさん、コメントありがとう。テスタロッサ目撃の後、バルセロナでミロ美術館、ピカソ美術館、タピエス財団など訪れたのですが、正直、ガウディを除けば、このテスタロッサの造形の方が才能豊かに思えたし、シンパシーも感じました。

Kumiさん、松下幸之助が1951年、アメリカ視察から帰国した羽田で「これからはデザインの時代や」と叫び、以降デザイナーを重用して設計思想としてのデザインを確立した…のは有名な話ですが(ちなみに彼はスバル360の最初の購入者だそうです)、日本の社長さんも小粒になったという事かな。

暇なフォトグラファーさん、250cc×12気筒=3000ccというシリーズ名ですね。復活して欲しいけれど現行の612(6ℓ12気筒)は480ってことになって、マーケティング的には押出し不足ということなのかな?

c-d-mさん、お忙しい時期にコメントいただきありがとうございました。
「大空と大地」に夢と情熱を注いだ男の子のひとりはレオナルド・ダ・ヴィンチですね。

シェリーさん、プロセッコのFERRARIも良いですが、ランボルギーニの赤(サンジョヴェーゼとメルロー主体)はコスト・パフォーマンス高いです。
by plot (2007-06-28 17:15) 

plot

paceさん、初めまして。コメントありがとうございました。エンツォ率いるスクーデリア・フェラーリがフィアットの資金援助を前提に、経営難のランチアから譲り受けたと言う関係ですね。56年、ランチア・フェラーリD50は、メルセデスから移籍したファンジオをチャンピオンに導きます。前年のル・マンの大惨事をうけメルセデスが撤退したシーズンではありましたがD50の基本設計が優れていたのだと思います。

by plot (2007-06-28 17:20) 

plot

kotobuki1946さん、僕にとっての最高の憧れの車はXK-SS。だからSeries1 E-typeと暮すkotobukiさんは最高の人生だと思います。

sasasaさん、コメントありがとう。運転したいけど、すぐギアとかクラッチとか壊しそうですね。

Nicoli♪さん、コメントありがとう!今のF1マシーンもかっこいいけれど、これはそのまま街を走れそうな形ですね。

mompeliさん、コメントありがとう。「アート」そのものだというのが一番言いたかった事です。

鈴木浩司さん、マニ・クールのフェラーリのワンツーフィニッシュは98年?TOYOTA2000GTもどこかのガレージにひっそり隠れているのでしょうね。イタリアのマニアは走らせる(見せびらかせる?)のも大好きで、週末には古い車を良く見かけます。先日は60年代半ばの綺麗なASA1000を見かけました。
by plot (2007-06-28 17:20) 

「余命1ケ月の花嫁」の長島千恵さんに驚愕の新事実発覚?!【検証動画】

「余命1ケ月の花嫁」の長島千恵さんに驚愕の新事実発覚?!【検証動画】


乳ガンのため、24歳の若さで亡くなった長島千恵さんと、彼女を支えた恋人・太郎さんの愛の物語を綴った感動作『余命1ヶ月の花嫁』



http://tieyomeiav.blogspot.com/


感動的な話とは裏腹に、長島千恵さんと友人がAVに出ているというのだ?!
ネット上ではこの作品についてさまざまな議論が交わされ祭り状態になっていた。



http://tieyomeiav.blogspot.com/




既に検証されてほぼ本人だという事が明らかになったのはご存知だと思いますが、念の為にご存知ない方の為に検証された画像と動画をご用意したので確認してみて下さい。
by 「余命1ケ月の花嫁」の長島千恵さんに驚愕の新事実発覚?!【検証動画】 (2009-05-20 18:36) 

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