ピカソのマニエリスム時代 その1 [1900年代 / Novecento]
Pablo Picasso ( 25/10/1881 - 8/4/1973 )
L'Italienne ( L'Italiana, Italian Woman )
150 × 100mm
( Bloch 34; Geiser 56; Cramer 8 )
パブロ・ピカソ ( 1881年10月25日 - 1973年4月8日 )
イタリア娘
150 × 100mm
Etcing printed with tone, 1918-19, signed in pencil and numbered 17/50,printed by Ateliers André Marty, Daniel Jacomet et Cie,
published in the deluxe edithion ob Le Tricorne, by Galerie Paul Rosenberg, Paris, 1920, on Arches laid paper...
Sotheby's 19th & 20th Century Prints Contemporary Prints and Paintings by Japanese Artists Auction ,
Tuesday,April,14,1992,Tokyo Prince Hotel
エッチング、薄く原版の色合いを残した刷り、1918-19年、鉛筆による署名あり、エディション番号17/50、
刷り:アトリエ アンドレ・マーティ、ダニエル・ジャコメとスィ、
出版元:ギャラリー ポール・ローゼンバーグ パリ、1920年、「三角帽子」のデラックス版より、アルシュ・レイド紙…
サザビーズ 19、20世紀と現代の版画及び日本人画家絵画オークション資料1992/4/14より
生涯におよそ100,000点制作したと言われる版画の中の1点。
1918~19年と推定される制作年は、ピカソの「キュビスム(セザンヌ的~分析的~総合的)時代」の最後期、ロシア・バレー団とともにイタリア各都市を巡った1917年の直後です。1920年頃に始まるとされるピカソの「新古典主義時代」直前のこの短い期間をピカソの「マニエリスム時代」と呼んで、後の新古典主義時代と区別する立場があります。
版元のポール・ローゼンベール(英語風の発音ではローゼンバーグ)は、名前が示すようにユダヤ系フランス人画商。後の1940年、ナチスの迫害を逃れアメリカに亡命し、ニューヨークにポール・ローゼンバーグ画廊を開くことになります。この版画が納められた版画集「三角帽子」は、ピカソが舞台・衣装デザインを担当した同名のバレー(スペイン語の原題 El sombrero de tres picos;スペインの作曲家、マヌエル・デ・ファリャ・イ・マテウ作曲、バレー初演1919年ロンドン)にちなんだもの。ローゼンベールは、ピカソのキュビスムから新古典主義への作風の転換を、画商の立場から強力に支援するという役割を果たしています。
ところで、この時代のピカソの何をもって「マニエリスム」と呼ぶのか?それにどんな意味があるのか?というのが今回のテーマです。
同じ時代に同じ主題を描いた油彩画があります。
Pablo Picasso
L'Italienne ( L'Italiana, Italian Woman )
Paris, 1919
Oil on canvas
985 × 705mm
( Zervos III 363; M.G. 123; M.I. 146 )
Marina Picasso Collection
パブロ・ピカソ
イタリア娘
パリ, 1919年
油彩/麻布
985 × 705mm
マリーナ・ピカソ・コレクション
美術史的には〈古典主義的であること〉と〈マニエリスム的であること〉とは、対照的な概念です。
前者が「普遍的な美」を最高の価値として〈理想的な人体プロポーション〉〈水平線を基調とする明快・静的なコンポジション〉〈英雄主義的な主題〉…などを志向するのに対して、
後者は〈異常に引き延ばされた人体〉〈対角線と螺旋の入り組んだ曖昧で不安定なコンポジション〉〈しばしば解読不能な難解な主題〉…などを特徴とする「エリート(またはオタク?)のための美術」です。
マニエリスムmanierisme(仏;伊=マニエリズモmanierismo;英=マニエリズムmanierism)のマニエラmanieraとは、イタリア語の「手」=マーニmaniから派生した言葉で、方法、作法、手法、所作…などと翻訳する事ができます(同じラテン語から派生した言葉に、英語のマナー、マニア、マニアック、マンネリズム…などがあります)。
マニエリズモ=マニエラ+イズモ=手法主義=は
〈「自然」から学ぶよりも、自然を越えた理想美を実現した3巨匠=レオナルド、ミケランジェロ、ラファエッロ=の手法を直接模倣すべし〉
とするジョルジョ・ヴァザーリらポスト・ルネサンス世代の主張と、彼らの生きた不安で閉塞的な時代が生んだ芸術思潮です。
代表的な画家・彫刻家・建築家は、
ポントルモ、ロッソ・フィオレンティーノ、パルミジャニーノ、ブロンズィーノ、アルチンボルド、エル・グレコ、ベンヴェヌート・チェッリーニ、ジャンボローニャ、ジュリオ・ロマーノ、ジョルジョ・ヴァザーリ、パラディオなど。
一方、17世紀フランスを中心に誕生した古典主義(クラッシシズムclassicism)、18世紀後半から19世紀の新古典主義(ネオクラッシシズムneo classicism)のお手本も、古代ギリシャ・ローマとともに同じ盛期ルネサンスの3巨匠、とりわけラファエッロですから、〈古典主義〉と〈マニエリスム〉は、共通の親から生まれた双子の関係にあると言えるかも知れません。
その関係を逆から見れば、両者の共通の〈親〉であるレオナルド、ミケランジェロ、ラファエッロら盛期ルネサンス美術が、そもそも対立する要素、人間主義と神秘主義、実証主義と主知主義、自然主義と寓意主義、理想主義とペシミズム、コスモスとカオス等の要素を内包していたと言えるのかも知れません。(この項、続く)
※ 冒頭の版画「イタリア娘」は、目白ガッタイオーラ ドルチにて展示中です。
マニエリスムの画家は2007年のパルマ展のときに初めて意識して鑑賞したのですが、何か人を惹きつける不思議な魅力を感じました。
びよ~んって感じに引き伸ばされているので古典主義のような理想化された美しさとは異なるのですが、非現実的な描写ゆえの神秘的な美しさというか流麗で女性的な優しさを感じました。
このピカソの作品も、ぷよぷよした肌の質感や包み込むような母性的な優しさが感じられ、温かさが伝わってきました。
ピカソはルネサンス美術から何を感じとっていたでしょうか。
ちょっと気になります♪ヾ( ̄ー ̄)ゞ
by りゅう (2010-06-01 00:47)
美術も絵画も良くわかりませんが。
今回の記事、初めて聞くことばかり、楽しかったです。
3回読み返しました。頭がごちゃごちゃに…
頭の老化を実感しました。
印刷して読み直します。頭に残れば良いのですが。
by emu310 (2010-06-01 06:32)
久々の洋一絵画史教室開催ですね~、嬉しいです(^^。
僕は、マニエリスムって言葉は洋一さんに教わって、りゅうさんと同じくパルマ展で実際に肌身で感じた、って程度の僅かな知識しかありませんが、縦に長く引き延ばされたフォルムが基本かな、と思ってたんですが、冒頭のピカソの「イタリア娘」もマニエリスムの範疇なのですか・・・。むずかしいなぁ。どう見ても、頭、上半身、下半身の球形を3つ並べてるだけに思えちゃって(^^;。実物見に行って、その場で講習希望です~。もちろんワインとズコット付き(笑)。
ところで、今回は新古典主義も関連するお話ですからお訊きしますが、アングルの「グランド・オダリスク」なんかは、背中といい腕といい、あの長さは新古典主義からはみ出してマニエリスム的なんじゃない?と僕なんかは思ってしまうのですが、アングルは意図的に両者をミックスしようとしてたのでしょうか?。
by yk2 (2010-06-01 21:37)
ガッタイオーラ・ドルチで展示されているんですね。
伺う楽しみがまた増えました♡
by てんとうむし (2010-06-01 23:01)
皆さま、早速コメントありがとうございます。お返事、後ほど、ゆっくりさせて頂きます。
by plot (2010-06-01 23:40)
野菜顔のアルチンボルトも受胎告知のエル・グレコもマニエリスム・・・
なんだか作品の幅が広いですね~。
by Inatimy (2010-06-02 17:05)
この絵は前衛的な絵に移る前の作品なんでしょう?
絵心の無い爺はこれが上手いのかな?と思ってしまいます。
by 旅爺さん (2010-06-02 17:35)
あ、もしかしてこのエッチングのピカソは以前にガッタイオーラ・ドルチに伺ったときに拝見したことがあるかしら。。。
by てんとうむし (2010-06-03 22:19)
少ない線で動きのある表情つくられていますね~
ピカソの絵って手元がふっくらしてて、何だか温もりを感じるんですよね。
by にこちゃん (2010-06-04 18:33)
こんにちは。初めまして。
お越しくださってありがとうございました。
ピカソのデッサンでも見たことがありますが、一番最初の絵のような
ムチっとした感じ(自分がそうだからなのか^^)は結構好きです。
by kuwachan (2010-06-16 12:36)